医師の無罪判決で終わらない。

大野病院医療事件:判決に被告は安堵 遺族は目を閉じ…(毎日jp)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080820k0000e040048000c.html

「警察・検察当局の行き過ぎ」で話は終わらないと思います。
この記事に書かれている遺族の声を前提とすれば、病院側の遺族に対する説明責任は、果たされていなかったと評価すべきでしょう。

「医療過誤に対する刑事責任は慎重に」という見解について、私自身は見解を留保していますが、もしも、「医師やり放題の時代に戻すべきだ」という見解であれば、私は反対します。刑事責任の免責を主張するのであれば、それに代わって、説明責任を果たさせるシステムの構築が大前提となるべきだと考えます。

何より、何の罪もない1人の妊婦が亡くなった、という事実だけは動きません。

医療関係者も、司法関係者も、
「1人でも多くの人を救うためには、どのようなシステムが妥当なのか」
という観点から、議論をすすめていくべきだと考えます。

※追記(2008.8.21)
あね3からトラックバックを頂きました。御礼申し上げます。いくつか補足しておきます。
まず、この無罪判決それ自体の妥当性については、私は論評を避けています。事実関係や証拠に触れたわけではないからです。

あね3は、私が書いた「何の罪もない1人の妊婦が亡くなった、という事実だけは動きません」という部分が気になっているようですので、私の趣旨を説明しておきます。

私の言いたかったことは、「1人の妊婦が亡くなった、という事実だけは動きません」というところにあります。「何の罪もない」という部分はそれほどの意味を有していません。

私が一連の報道等で感じているのは、何はともあれ、「1人の妊婦が亡くなっているという事実が忘れられていないか」ということでした。すなわち、1人の妊婦が亡くなったという動かし難い事実に対して、誰も向き合っていないのではないか、と感じていたのです。その意味で、「1人の妊婦が亡くなった、という事実だけは動きません」と書いたのでした。

これに対しては、あね3の言うとおり、妊婦が亡くなったのは、(無罪判決を前提とすれば)「誰のせいでもありません。仕方がありません。運命でした」という答えもあるでしょう。

しかし、現時点で果たしてそう言い切れるのか疑問です。論理的には、「医師に刑事責任はありません。でも、妥当ではありませんでした」ということはあり得ます。刑事責任の否定をもって、医療行為としての妥当性が肯定されたわけではないのです。

また、いくら出産に死亡のリスクは伴うものとはいえ、出産で死ぬ確率と、無事生き残る確率を比較すれば、後者が高い、というのが「一般人の認識」だと思います。ここに、現在の医療水準からして、助かる見込みのない末期ガン等との違いがあります。もちろん、上記の「一般人の認識」に対しては、医療関係者からの反論はあるでしょう。しかし、「一般人の認識」であることは変わりないと思います。

以上のような「一般人の認識」がある以上、妊婦が出産で死亡した場合、例えそれが回避不可能だったとしても、その結果を簡単に受け入れられないということです。すなわち、「妊婦さんは死にました。これは出産のリスクに伴うものです」と担当医から言われた場合、「ああそうですか。出産にはリスクが伴うものですから、仕方ないですね」と簡単に割り切れる人はまれでしょう。遺族としては、死の原因を知りたいのは当然でしょうし、病院側としては、説明責任を果たすべきだと思います。今回の事件で、それが果たされていたのか、刑事責任とは別に、検証されるべきでしょう。

長くなりましたが、私はこの問題について、個別具体的に検証されるべきだと考えています。論点は、医師の刑事責任の有無、だけではないのです。例えば、

・病院側は遺族に説明責任を果たすべきだったのか、果たすべきだとすれば、それは今回果たされていたか。
・有罪・無罪は別として、被告人となった医師の逮捕・勾留は妥当だったか。

などが考えられます。そして、それらの論点について、個別具体的に検証されるべきでしょう。

私が今回の記事で言いたかったのは、被告人に対する無罪判決の当否そのものではありません。少なくとも現時点で、私が「無罪判決は誤り」と主張しているわけではありません。

私が言いたいのは、今回の無罪判決を契機に、「医師は正しかった。遺族は単なるクレーマーで、警察・検察は間違っていた」、「これから、警察・検察は、医療に対して介入するな」という短絡的な雰囲気ができてはならないし、かつ、これで事件の幕引きになってはならない、ということです。本文でも書いたように、説明責任を果たさせるシステムの構築など、課題は山積です。タイトルに、「医師の無罪判決で終わらない。」とした理由はここにあります。

私の説明には至らないところはあるかもしれませんが、その趣旨を読み取っていただければ、幸いです。
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by espans | 2008-08-20 16:59  

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