判例タイムズ1268号135頁

判例タイムズ1268号135頁。
以前紹介した最高裁平成20年4月15日決定の紹介。
調査官の手による匿名コメント付きです。

本決定の論点の1つとして、写真・ビデオ撮影の適法性の判断基準があります。
この問題については、最高裁昭和44年12月24日大法廷判決が、「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合」と述べていました。そして、この判示の文言から、現行犯的状況がないかぎり、写真撮影は許されない、との見解も存在していました。

しかし、平成20年決定は、昭和44年大法廷判決の上記判示について、「警察官による人の容ぼう等の撮影が,現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではない」と述べています。

この点について匿名コメントは、
「大法廷判決が捜査官により写真撮影が許される場合を限定した趣旨ではないことを明らかにした点で重要な意味をもっている。同判決(昭和44年大法廷判決-ESP補足)が、読み方によっては『現行犯ないしこれに準じる場合などそこに掲げられた要件を満たす場合にのみ捜査官による容ぼう等の撮影が許される』というようにも理解され、弁護人からそのような主張がなされる事件もあったが、本件と同様に犯人の同一性判断の資料とするため容ぼう等を撮影したことが問題となった下級審裁判例(カッコ内省略-ESP)においては、上記容ぼう等の撮影が許されるのは上記大法廷判決が掲げた場合に限らないとの判断がなされていた。これが最高裁の立場として確認されたといえる。上記大法廷判決の解釈としては、判文が『その許容される限度について考察すると、・・・刑訴法218条2項のような場合のほか、次のような場合には、・・・警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。』となっており、これ以外に許されないと趣旨を示してるわけではない上、捜査官において人の容ぼう等を撮影することが現行犯的な場合以外は一切許されないとすることの非現実性を考慮すれば、大方の賛同を得られるものと思われる」
とコメントされ(同誌136頁)、現行犯性は要件ではない、とのスタンスを明確にしています。

さらに、写真・ビデオ撮影の一般的な適法性判断基準については、
「本決定は・・・(中略)・・・、一般的な要件を示していない。ここでは、被撮影者の容ぼう等を撮影されない自由と捜査の必要性という2つの利益が対立しているのであり、比較衡量的に判断するしかなのではないだろうか。最小三決昭51.3.16・・・(中略)・・・は、警察官の有形力行使について、常に強制処分になるわけではなく、任意処分とされる場合があることを前提としながらも、その場合でも、『必要性、緊急性などを考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される』旨判示し、任意処分であっても常に許されるのではなく、その処分による権利・利益の侵害と捜査の目的達成のため必要性の権衡によってここに適法性を判断するとの立場を示しており、容ぼう等の撮影も、これとほぼ同様の状況と考えられる」
と述べ(同誌136頁)、強制捜査と任意捜査の区別を判断した昭和51年決定に親和的な姿勢をみせています。

というわけで、平成20年決定から読み取れることは、

1.捜査における写真・ビデオ撮影について、「現行犯性」の要件は不要(必要条件ではない)。
2.捜査における写真・ビデオ撮影の適法性判断基準は、昭和51年決定と同じ考え方になるのではないか。

ということで、重要な意味を有しているといってよいでしょう。

上記のように、匿名コメントは、「写真・ビデオ撮影の適法性判断基準も昭和51年決定による」とまでは言い切っていませんが、それでも昭和51年決定の考え方を否定しているわけではないので、答案等での判断基準は、昭和51年決定、すなわち「必要性・緊急性・相当性」でよいと思います。すなわち、捜査における写真・ビデオ撮影の適法性の問題も、強制捜査と任意捜査の区別、そして任意捜査の限界の問題に収斂した、と考えてよいのではないでしょうか。

また、捜査のための写真・ビデオ撮影について、どのような見解をとるかは自由だと思いますが、「判例は写真・ビデオ撮影について、(昭和51年決定とは異なり)慎重な姿勢を示している」との理解は、今回の平成20年決定で否定された、と考えてよいと思います。むしろ、昭和51年決定と同一線上に位置づけられるとみるべきでしょう。
[PR]

by espans | 2008-07-17 20:27  

<< 1つのヒント テレビ寺子屋 政府系ファンド >>