捜査における写真撮影の許容性の要件論

捜査における(無令状での)写真撮影の許容性について。
百選8版に紹介されているのは、次の判決です。

最(大)判S44・12・24刑集23・12・1625LEX/DB27681653(百選9事件)
「そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである」

これを文言通り読むと、無令状で写真撮影が可能(任意捜査として許容される)には、
1.現行犯性
2.証拠保全の必要性
3.証拠保全の緊急性
4.相当性
の要件が必要と読めます。

2、3、4は、任意捜査の限界を示した昭和51年3月6日決定(百選1事件)の要件と同じです。

しかし、昭和51年決定と昭和44年大法廷判決の違いとして、無令状の写真撮影は、「現行犯性」を挙げています。

ところが、この「現行犯性」要件は、裁判実務上、緩和されていきます。

たとえば、ビデオカメラによる監視が問題となった以下の判決は、次のように言います。
東京高判S63・4・1判時1278・152LEX/DB27804918(百選10事件)
右最高裁判例(上記昭和44年大法廷判決-ESP補足)は、その具体的事案に即して警察官の写真撮影が許容されるための要件を判示したものにすぎず、この要件を具備しないかぎり、いかなる場合においても、犯罪捜査のための写真撮影が許容されないとする趣旨まで包含するものではないと解するのが相当であって、当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影、録画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときには、現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的、自動的に撮影、録画することも許されると解すべき」

昭和63年判決では、「現行犯性」の要件は必須ではなく、犯罪発生の「相当高度の蓋然性」でもよいとされています。これでも厳しいですが、昭和44年大法廷判決に比べ、要件が緩和されてきたことが伺えます。

写真撮影が問題となった事案として、さらに次のものがあります。

東京地判平成1年3月15日判時報1310号158頁LEX/DB27807159
「この犯罪捜査の必要上被撮影者の承諾なくその容ぼう等の写真撮影が許容されるのは、弁護人が主張するように現に犯罪が行なわれている場合ないしはこれに準ずる場合に限定されると解すべきではなく、既に行なわれた犯罪の犯人特定のため容疑者の容ぼう等の写真を撮影することも、その事案が重大であって、被撮影者がその犯罪を行なったことを疑わせる相当な理由のある者に限定される場合で、写真撮影以外の方法では捜査の目的を達することができず、証拠保全の必要性、緊急性があり、かつ、その撮影が相当な方法をもって行なわれているときには、適法な捜査として許されるものと解すべきである」

平成1年判決では、「その事案が重大であって、被撮影者がその犯罪を行なったことを疑わせる相当な理由のある者に限定される場合で、写真撮影以外の方法では捜査の目的を達することができ」ない場合で足りるとしてぃます。。

そして、捜査におけるビデオ撮影が問題となった下記の判決。
東京地判平成17年6月2日判時1930号174頁LEX/DB28115251。
「弁護人は、ビデオカメラによる撮影が許されるのは、当該現場において犯罪の発生が相当高度の蓋然性をもって認められる場合、すなわち、被告人が自動車に放火することがほとんど確実であると客観的に認められる合理的な根拠がある場合でなければならない旨主張する。しかしながら、本件ビデオカメラによる撮影は、後記のとおり、公道に面する被告人方玄関ドアを撮影するというプライバシー侵害を最小限にとどめる方法が採られていることや、本件が住宅街における放火という重大事案であることに鑑みると、本件ビデオカメラの撮影が、弁護人が指摘するような犯罪発生の相当高度の蓋然性が認められる場合にのみ許されるとするのは相当ではなく、また、被告人に罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が存在する場合にのみ許されるとするのも厳格に過ぎると解される。むしろ、被告人が罪を犯したと考えられる合理的な理由の存在をもって足りると解するべきである

平成17年判決では、「罪を犯したと考えられる合理的な理由の存在」、すなわち一定の嫌疑の存在、で足りるとしており、最高裁昭和44年大法廷判決を採用しないのはもちろん、上記東京高裁昭和63年判決、東京地裁平成1年判決の要件をさらに緩和しているようです。

ここまでくると、もはや「現行犯性」の要件は裁判実務では廃棄されているのではないか、という疑問が生じます。特に、平成17年判決に至っては、「罪を犯したと考えられる合理的な理由の存在」でよいとしており、これはまさしく捜査の必要性であり、独立した意味合いがないのではないか、と思われます。

しかし、昭和44年判決は大法廷判決であり、判例変更もないのに、下級審が無視してよいものではありません。そこで、昭和44年決定が示した「現行犯性」については、次の理解が示されるようになりました。

三浦守「写真撮影」刑事訴訟法判例百選8版21頁。
現行犯性も、そのような証拠保全の必要性及び緊急性が肯定する要素の一つと考えられる

辻裕教「判批」警察学論集59巻12号214頁
「前記1掲記の裁判例(写真・ビデオ撮影に関する上記判決-ESP補足)は、いずれも、証拠保全の必要性、緊急性と、手段の相当性を共通しており、基本的には、前記(昭和51年決定-ESP補足)と同様の判断枠組みによっていると考えられる。
 ただ、前記1掲記の裁判例は、そのほかに、犯罪発生の蓋然性ないし嫌疑にかかわる要件を挙げるところ、その内容は一致しない。すなわち、前記最高裁昭和44年12月24日判決は、『現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合』とし、前記東京高裁昭和63年4月1日判決は、『当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合』とする。前記東京地裁平成元年3月15日判決は、『被撮影者がその犯罪を行なったことを疑わせる相当な理由のある者に限定される場合』であることを挙げる。
 この点については、現行犯的状況があることや当該場所において犯罪発生の相当高度な蓋然性があることは、撮影対象とされた人や場所を撮影することにより、犯罪の証拠が得られる可能性がどの程度あるかなどにかかわることであり、基本的は、撮影の必要性、緊急性を判断する一要素と考えられる。
 (中略)
 そして、上記のように、任意処分としての撮影の許容性は、個別の事案の具体的状況の下における、撮影の必要性、緊急性、手段の相当性にかかわる諸事情を総合勘案して判断してするほかないと考えられるので、本来、犯罪発生の蓋然性や嫌疑がどの程度なければならないかを一般論として述べることは困難と考えられる。ただ、従来の裁判例は、犯罪発生の蓋然性や嫌疑が、必要性、緊急性にかかわる非常に重要な要素であることから、あえて別に言及したのではないかと思われる」

上記の見解は、昭和44年大法廷決定が示した「現行犯性」というのは、要件ではなく、「必要性」を基礎付ける一要素、であるということになります。

この見解によれば、任意捜査における写真撮影の一般基準も、昭和51年決定が示した捜査の必要性・緊急性と、手段の相当性によって判断されることになります。

そして、この見解にたつと、下級審が判例違反の判決をしたとはいえませんし、また、昭和44年判決と昭和51年決定を整合的に説明できます。

このような理解は研究者の中でも共有されているようです。例えば、新旧試験委員(経験者も含む)の多くが執筆陣となっている、『演習刑事訴訟法』(有斐閣・2005年)146-159頁(32問目から35問目)でも同様の見解が示されています。

もちろん、ビデオ撮影が人の行動を長時間把握し、プライバシー侵害の度合いが高いことに鑑みれば、捜査の必要性・緊急性・相当性を慎重に吟味した上で、あてはめをすることは言うまでもありません。

※なお、刑事訴訟法218条2項、220条1項2号の場合は、明文上の根拠があるので、争いなく無令状での写真撮影が許されます。お忘れなく。
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by espans | 2008-01-12 21:19  

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