「共謀共同正犯」の落とし穴

※間違いがあれば、ご指摘いただくと幸いです。意見も大歓迎です。

共犯論の大きなヤマ場の1つが、「共謀共同正犯」です。学説上は否定説も有力(例えば、浅田和茂『刑法総論』(成文堂・2005年)418頁)ですが、判例、実務、通説は肯定説です。

しかし、ここで気をつけなければならないのは、「共謀共同正犯」というのは、実はそう単純なものではない、ということです。
名前からすると、「実行された犯罪について、共謀に参加しただけでも、共同正犯が認められる」と勘違いするところですが、そこまで極端な説はありません。
逆に、「共謀共同正犯」という名前からすると、「謀議行為」の存在そのものもが必要であるかのようなイメージもありますが、そうではありません(謀議行為がなくても「共謀共同正犯」を認めた判例として、最判H15・5・1刑集57・5・507頁)。

突き詰めると、どのような場合に「共同正犯」として認めて良いのか、というレベルの問題に過ぎません(それを共謀共同正犯と言うのか、端的に共同正犯と言うのかは、言葉の問題に過ぎません)。

現に、共謀共同正犯が問題となった判例の多くは、様々な事情を考慮して、共謀共同正犯を認めているわけです。
もちろん、闇雲に事実を挙げているのではなく、その背後には判断基準が存在します。

で、「共謀共同正犯」を認める判断基準(共同正犯と従犯の区別の基準)ですが、後掲・出田209頁以下には以下の説明があります。

「被告人が犯行の際に行った行為の内容、他の行為者との共謀有無ないしその経過・態様、他の行為者との主従の関係、犯行の動機、犯行のに対する積極性の有無、犯罪の結果に対する利害関係の有無ないしその程度、犯罪の準備及び犯跡隠蔽、利得分配等において果たした役割等である。それらの中では、(1)行為の内容、(2)被告人と実行行為者との人的関係、(3)犯罪結果に対する利害関係が特に重要と思われる」
※原文では(1)などは丸囲みの数字ですが、一部コンピューターで表示されない危険があるため、()数字にかえました。

個別の判断基準が果たして妥当なのかは別として、様々な要素から認定しているのが、現在の判例・実務の動向であることが上記文献から理解できます。

以上をまとめると、重要となるのは、
 ・どのような場合に、共謀共同正犯が問題となるのか?
  →事例をみたら、実は実行共同正犯で処理できる問題であることも少なくありません。事実の分析が重要になります。
 ・どのような「判断基準・要素」から、共謀共同正犯を認めるのか?
  →「重要な役割」(西田典之『刑法総論』(弘文堂・2006年)329頁)が判断基準としても、何をもって重要な役割と言うのか、その具体的基準(訴訟法で言えば何が間接事実となるか)が挙げられている必要があります。

となると、事例問題(特に新司法試験などの長文の問題)で共犯の「本質論」から共謀共同正犯は認められる、という一般論を大々的に展開するのは、あまり意味のないことだと思います(で、学生レベルが記述する「共犯の本質論」など、専門家から見れば笑止千万レベルでしょう)。
端的に、「犯行の中で『重要な役割』を果たしていれば、実行行為(構成要件該当行為)を分担していなくても、60条に言う『共同して犯罪を実行した』にあたるということができる。そして、その『重要な役割』の判断基準は・・・である。これを本件についてみると、・・・」とレベルの記述で良いのではないでしょうか。

具体的基準を挙げ、それに従った分析(あてはめ)をすることで、事例問題等の答案・レポートの説得力が増すことでしょう。

参考文献
出田孝一「共謀共同正犯の意義と認定」『小林充先生佐藤文哉先生古稀祝賀刑事裁判論集 上巻』判例タイムズ社2006年198頁以下
↑実務法曹を目指される方は、目を通されることをオススメします。短いので、すぐ読めます。
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by espans | 2007-11-10 02:53  

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